代表挨拶

大切なのはどれだけ心を込めたかです

死者の尊厳と遺された人と遺された物のために

義弟・兄との突然の別離、我が子を追うように逝った母 

 兄弟との別離は突然に来ました。平成17年1月28日に大阪市で義弟が、その4日後の2月1日に都城市で兄が夫々の事情により自死で逝きました。遠く離れた地に在り、そして当時は兄と義弟との間では連絡を取り合う関係さえも途絶していたであろうに両人が相計らうようにこの世を去りました。

当時の私の境遇は妻と二人の息子にも恵まれ、家庭ごみの収集運搬を主とする事業も順調に経営出来ていたので、傍から見ると羨むべき存在であったかも知れません。義弟の事では妹を介してそこに至る事情は聴いてもおり、妹の相談にも乗っていたので、また、兄とは私が一ヶ月に一回位帰郷して直接相談も受けていましたので義弟と兄が最期の決断をしたことの半分位は判る思いでした。

 

朝の来ない夜はない

 義弟も兄もそれぞれ異なる事情から苦しむようになったのは平成14年頃からでしたので、3年位は兄たちの何分の一かは苦悩しました。そして相次いでの死、葬儀を整え済ませた後には愛する人を失った悲しみや寂しさ、苦しみ、悔しさ、その後も続く自責の念や戸惑い、無力感、空虚感が押し寄せて来ます。私が妻の親と姉弟に兄弟の死を伝える気持ちになれたのは四十九日法要が終わってからでした。社員には私の兄弟が亡くなった事は報せていましたが、死因が自死であったことを伝えたのは歳末の仕事納めの時でした。兄弟の間柄でさえ気持ちの整理には時間を要しますので、伴侶であった妹や義姉の哀切の叫びはいかばかりであっただろうかと思います。暗いトンネルの中で一筋の光を見いだすことが出来たのは吉川英治さんの「朝の来ない夜はない」の言葉を自分に言い聞かせていたからでしょうか。

 母もその年の8月8日に病死しました。息子や婿の初盆を待つこともなく、三人でお浄土へ行ってしまいました。そして、七日毎の法事に帰省して、母の遺品を整理しました。私の実家を守ってくれているのは兄嫁ですが、兄の遺品は義姉と娘たちで行う事が出来ても母の遺品は中々出来なかったようです。母が受け継いでいる物の中には私の父や祖父母の時代から遺された物もありましたので、私と義姉と妻と三人で少しずつ行いました。

大切なのはどれだけ心を込めたかです 

  

このような私の体験から遺品整理サービスと孤独死された方の居室の清掃・リフォームを行う業務に取り組み始めました。遺品整理業務は亡くなった方の想い、すなわち命のバトンをご遺族に渡すリレーのお手伝いであり、特殊清掃業務は故人の尊厳を守り、居住環境を再生するサービスだと考えております。私たちスタッフ一同はご遺族に寄り添い、真心を込めてお手伝い致します。

代表取締役 野﨑千尋

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