遺品整理士の堀川です。
「初めての特殊清掃 -黒い泥の様なもの-」の続きです。
”黒い泥”の中から出てきたもの
玄関ホールでの作業が終わると、次は廊下の処理に入りました。そこは、ずっと気になっていた、壁が黒ずんだ部分がある場所です。この壁が黒ずんだ部分の下の床には特に” 黒い泥 ”が多く、作業もなかなか進まなかったのを覚えています。
そんな中、私は ”黒い泥” の中から髪の毛の束とともに、”白い石”を見つけました。髪の毛はすでに何本も出てきていたので驚きはありませんでしたが、”白い石”は初めて気が付いたものでした。それも1つだけではなく、すぐ近くの”黒い泥”の中にも何個か転がっていました。これは何だろうと思ってよく見てみると、 見つかったうちの1つが見覚えのある形をしているのに気づきました。
「歯だ」
思わず、つぶやいていました。近くで作業していた先輩にもきっと聞こえていたことでしょう。
生まれて初めての経験でした。初めての特殊清掃の現場。初めて見た”黒い泥”。その中から出てきた”白い石”。それは、亡くなった方が発見されるまでの間に、自然に抜け落ちた「歯」でした。それが今私の手の中にある。この時の衝撃は今でも覚えています。髪の毛の先からつま先までぶるっと震えがきて肌が泡立つような感覚でした。
スプレーを吹き付けてやわらかくなった”黒い泥”をヘラで掬いあげると、”白い石”も一緒についてきます。それをキッチンペーパーに擦り付け、またスプレーを吹き付けてヘラで掬う。言葉にならない感情に身を震わせながら、私はその繰り返しの作業を淡々と進めていました。でなければ、この場所で人が亡くなったことを意識してしまい手が止まってしまいそうだったからです。
壁と床に浮かぶ影
床の”黒い泥”と”白い石”をほぼ取り終えると、今度は天井・壁・床に除菌・消臭剤を吹き付け、それを拭き上げていく作業に移ります。この薬剤はレモンのような柑橘系の香りが付いており、何となく心を落ち着かせてくれるような感じがありました。しかし薬剤としてはかなり強力なもので、マスクをせずに飛沫を吸うと途端に咳き込むほど。それほどの強烈な薬剤を使わなければ除去できない臭いと汚れが、壁にも床にも染みついていました。
その除菌と消臭作業の途中、台所の方へ向かっていた時のことです。ふと”白い石”のあったところを振り返ると、壁にあった黒ずみは下から上に向かって伸びているような形に見えました。
先輩からの話では、故人は心臓の病気が原因で亡くなったそうでした。壁の様子からすると、首が壁についた状態で、そのまま倒れ伏せて亡くなったようでした。床板と壁の間に巾木(はばき)という板があるのですが、巾木と床板の間にも髪の毛が挟まっていました。壁には他に傷もなく、痛みにもがいて手足をぶつけたような跡は見つかりません。急な心臓の発作が起こり、救急車はおろか、誰に知らせることもできずに亡くなったのかもしれません。
さらに床板に目をやると、そこにはあたかも人が寝そべっているように形が付いていることに気がつきました。玄関からでは光の加減によって見えなかったのかもしれませんが、台所の側にいる今ははっきりと認識できます。頭と、手と、足と、輪郭が明確に見て取れるのです。
ここで人が亡くなっていたことを、私たちが作業を行っていたのは人の命が失われた場所であることを、その影は力強く伝えていました。
特殊清掃とは無い方がいい仕事である
” 孤独死の現場というのは悲しみに満ちています。”
地域福祉が充実していない地域の問題や、コミュニティの形成不足、ケガや高齢化、病気によるセルフネグレクトなど地域から孤立することで起こりやすくなる孤独死ですが、誰からも看取られず一人で亡くなっていく故人の思いや、故人の最期を看取れなかった家族の焦燥感。そうした現実が実際にあることを、私はこの現場を経験したことでありありと実感しました。
今でこそ、現場で見る”黒い泥”にも”白い石”にもさほど驚かなくなりましたが、床板の上や壁、あるいは布団などにくっきりと「故人の形」が残っている時には、やはり冷静ではいられません。故人の気持ちもご遺族の気持ちも同時に想像してしまって、やるせなさばかりが浮かんでくるからです。
依頼現場には、魂のようなものがまだ留まっているのではないかとも思っています。私たちがご遺族の心に寄り添いながら居室と家を綺麗にすることで、少しでもその魂が救われてはくれないだろうか。烏滸がましいかもしれませんが、そうした気持ちで依頼現場とご遺族に向き合っています。
しかし、最も理想的なことを言えば、この仕事が無くなることではないかと思います。特殊清掃などという仕事が必要にならない社会。家族や親族に看取られつつ、畳やベッドの上で静かに人生を終えられること。そうなれば、孤独死という悲しすぎる死の形は無くなっていくでしょう。その時には、特殊清掃という仕事も必要なくなるはずです。
特殊清掃という仕事が必要な時には、故人もご遺族も含めて、必ず誰かが傷ついている。初めての現場を通して、私はそれを実感しました。この仕事が必要なくなる時を願いながら、この仕事が必要とされる限り誠実に向き合いたい。今、そう思いながら働いています。