※写真の家は、記事の内容とは関係ありません。
※具体的な描写が含まれています。ご覧になる際はご注意ください。

こんにちは、遺品整理士の堀川です。今回の記事は、私が初めて行った特殊清掃のお話です。

初めての特殊清掃

 孤独死では、かなりの時間が経過してから遺体が見つかるケースが少なくありません。特に夏に亡くなった場合には、気温も湿度も高いため遺体は傷みやすく、手付かずの部屋は朽ちるように荒れ果てていきます。

 私が経験した初めての特殊清掃は、そんな夏の終わりのまだ残暑が厳しい日が続く中でした。先輩が見積もりに行った現場に同行することになったのですが、私であれば”耐えられるだろう”というのが選ばれた理由でした。

 何もかもが初めてのことで、使用する薬品のことなどを教えてもらいながら先輩と一緒に出発前の準備をおこなったのですが、これから行くのがどのような現場なのかは自分から詳しくは聞かなかった気がします。先輩も細かくは現場でやりながら教えるからという感じでしたので。ただ、出発前に聞いた先輩の言葉が印象的で今でも鮮明に覚えているのが、「すごいよ」という一言でした。


現場で感じた異様さ

 到着すると、まずは周囲の家へ挨拶に回ります。その後に実際の現場となるお宅に向かうわけですが、家の前に立った時、なぜか異様な雰囲気を感じました。特に臭いがあるわけでもないのに、どことなく他の家とは違う感じがしたのです。

 しかし先輩は、訝しむ私をあまり気にせずに玄関の前に促します。そして、手を合わせてから引き戸を開きました。すると、目に飛び込んできたのは”黒い泥のようなもの”が一面に広がった玄関ホールでした。その”黒い泥のようなもの”はカラカラに乾いており、床の上にはそれを避ける様にして足跡が無数についていました。

 外ではあまり感じなかった言いようのない臭いが若干ありましたが、我慢できないほどではありませんでした。中の状態を確認する為、白い防護服に身を包み、マスクを着けて長靴に履き替えてから再度手を合わせ、先輩の後を付いていくように奥に進みました。

 ”黒い泥”は玄関から廊下、奥の台所まで5メートルほど廊下いっぱいに広がった状態で続いており、奥の台所に近づくにつれて少なくなっていました。”黒い泥”とともに、点々とついた足跡も奥の部屋に吸い込まれるように続いています。廊下の壁の一部には黒ずんだシミのようなものがついていました。


蚊取り線香の力

 中の状態を確認した私たちは一度玄関先まで戻り、用意してきたタンパク分解スプレーとヘラ、キッチンペーパー、そして「火のついた蚊取り線香」をそれぞれ持って再び玄関ホールへ入りました。準備しながら、なぜ蚊取り線香なのかと疑問を覚えたのですが、答えはすぐにわかりました。

 ”黒い泥”にスプレーを吹きかけ暫く放置すると、鼻腔にこびりつくような耐え難い臭いが立ち込めます。それはとても強烈で何度も吐き気がこみ上げてくるほど。しかし蚊取り線香の煙があると、煙の臭いが強いせいか、その臭いを我慢できるのです。時間が経つと鼻がマヒしたかのような状態になって、それほど気にならなくなりました。

 しかし一時的なもので、しばらくすればすぐにあの臭いが鼻を突き刺します。その度に私は蚊取り線香の煙を吸い込んでいました。 もし他に人がいれば、何度も蚊取り線香の煙を浴びる私の行動はとても不思議に映ったでしょう。ですが、この煙がなければここに居続けることはとても困難だとその時の私は感じていました。蚊取り線香の果たす役割は非常に大きなものでした。


”黒い泥”の正体



 臭いをこらえながら手に持ったスプレーを吹きつけ続けると、固まっていた”黒い泥”が柔らかくなり、ヘラで削ぎ落せるようになります。黙々と作業を続けていきながら、私はこの”黒い泥”が何なのか、そればかり考えていました。

 いえ、実際には最初に見た時から頭では分かっていたのです。頭では分かっていたのに、実はそうではないんじゃないかと、認めたくなかっただけでした。単なる汚物やその他の汚れなのではないかと考えてしまうほどに、”それ”は人の体を構成していたものとは思えなかったのです。

 しかし作業を進めるにつれて、生々しく”それ”が人であった現実を突き付けられることになります。最初のきっかけは、「髪の毛」。”黒い泥”のいたるところに長い髪の毛が混じっていたのです。 もはや私はこの”黒い泥”がかつては人だった事実を認めざるを得ませんでした。 

”黒い泥”の下から見えてきたもの

 ヘラで削いだ”黒い泥”はキッチンペーパーに塗り付け、専用のバケツに張った黒いビニール袋の中に入れていきます。いっぱいになると袋の口を閉じ、臭いが漏れないようさらに上からビニールを被せて車の荷台に積み込みます。

 初めはかなり戸惑いながらの作業でしたが、時間が経てば少しは慣れてきます。ある程度作業の流れが分かったところで、二手に分かれることになりました。私が玄関から奥の台所へ向かって、先輩は逆に台所から玄関に向かって、それぞれ両端から作業を行うことにしたのです。

 それにより作業効率が少しアップしたことで、”黒い泥”が取り除かれる速度も上がりました。”黒い泥”を少しずつ少しずつ削いでいく度に明るい色をしたブナの床材が見えてきて、まるで絵のように黒から白へ変わっていく床が印象的でした。




初めての特殊清掃 ―白い石― に続く

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