12月 2019

初めての特殊清掃 -白い石-

遺品整理士の堀川です。
「初めての特殊清掃 -黒い泥の様なもの-」の続きです。

”黒い泥”の中から出てきたもの

 玄関ホールでの作業が終わると、次は廊下の処理に入りました。そこは、ずっと気になっていた、壁が黒ずんだ部分がある場所です。この壁が黒ずんだ部分の下の床には特に” 黒い泥 ”が多く、作業もなかなか進まなかったのを覚えています。

 そんな中、私は ”黒い泥” の中から髪の毛の束とともに、”白い石”を見つけました。髪の毛はすでに何本も出てきていたので驚きはありませんでしたが、”白い石”は初めて気が付いたものでした。それも1つだけではなく、すぐ近くの”黒い泥”の中にも何個か転がっていました。これは何だろうと思ってよく見てみると、 見つかったうちの1つが見覚えのある形をしているのに気づきました。

「歯だ」

 思わず、つぶやいていました。近くで作業していた先輩にもきっと聞こえていたことでしょう。

 生まれて初めての経験でした。初めての特殊清掃の現場。初めて見た”黒い泥”。その中から出てきた”白い石”。それは、亡くなった方が発見されるまでの間に、自然に抜け落ちた「歯」でした。それが今私の手の中にある。この時の衝撃は今でも覚えています。髪の毛の先からつま先までぶるっと震えがきて肌が泡立つような感覚でした。

 スプレーを吹き付けてやわらかくなった”黒い泥”をヘラで掬いあげると、”白い石”も一緒についてきます。それをキッチンペーパーに擦り付け、またスプレーを吹き付けてヘラで掬う。言葉にならない感情に身を震わせながら、私はその繰り返しの作業を淡々と進めていました。でなければ、この場所で人が亡くなったことを意識してしまい手が止まってしまいそうだったからです。

壁と床に浮かぶ影

 床の”黒い泥”と”白い石”をほぼ取り終えると、今度は天井・壁・床に除菌・消臭剤を吹き付け、それを拭き上げていく作業に移ります。この薬剤はレモンのような柑橘系の香りが付いており、何となく心を落ち着かせてくれるような感じがありました。しかし薬剤としてはかなり強力なもので、マスクをせずに飛沫を吸うと途端に咳き込むほど。それほどの強烈な薬剤を使わなければ除去できない臭いと汚れが、壁にも床にも染みついていました。

 その除菌と消臭作業の途中、台所の方へ向かっていた時のことです。ふと”白い石”のあったところを振り返ると、壁にあった黒ずみは下から上に向かって伸びているような形に見えました。

 先輩からの話では、故人は心臓の病気が原因で亡くなったそうでした。壁の様子からすると、首が壁についた状態で、そのまま倒れ伏せて亡くなったようでした。床板と壁の間に巾木(はばき)という板があるのですが、巾木と床板の間にも髪の毛が挟まっていました。壁には他に傷もなく、痛みにもがいて手足をぶつけたような跡は見つかりません。急な心臓の発作が起こり、救急車はおろか、誰に知らせることもできずに亡くなったのかもしれません。

 さらに床板に目をやると、そこにはあたかも人が寝そべっているように形が付いていることに気がつきました。玄関からでは光の加減によって見えなかったのかもしれませんが、台所の側にいる今ははっきりと認識できます。頭と、手と、足と、輪郭が明確に見て取れるのです。

 ここで人が亡くなっていたことを、私たちが作業を行っていたのは人の命が失われた場所であることを、その影は力強く伝えていました。

特殊清掃とは無い方がいい仕事である

 ” 孤独死の現場というのは悲しみに満ちています。”  

 地域福祉が充実していない地域の問題や、コミュニティの形成不足、ケガや高齢化、病気によるセルフネグレクトなど地域から孤立することで起こりやすくなる孤独死ですが、誰からも看取られず一人で亡くなっていく故人の思いや、故人の最期を看取れなかった家族の焦燥感。そうした現実が実際にあることを、私はこの現場を経験したことでありありと実感しました。

 今でこそ、現場で見る”黒い泥”にも”白い石”にもさほど驚かなくなりましたが、床板の上や壁、あるいは布団などにくっきりと「故人の形」が残っている時には、やはり冷静ではいられません。故人の気持ちもご遺族の気持ちも同時に想像してしまって、やるせなさばかりが浮かんでくるからです。

 依頼現場には、魂のようなものがまだ留まっているのではないかとも思っています。私たちがご遺族の心に寄り添いながら居室と家を綺麗にすることで、少しでもその魂が救われてはくれないだろうか。烏滸がましいかもしれませんが、そうした気持ちで依頼現場とご遺族に向き合っています。

 しかし、最も理想的なことを言えば、この仕事が無くなることではないかと思います。特殊清掃などという仕事が必要にならない社会。家族や親族に看取られつつ、畳やベッドの上で静かに人生を終えられること。そうなれば、孤独死という悲しすぎる死の形は無くなっていくでしょう。その時には、特殊清掃という仕事も必要なくなるはずです。

 特殊清掃という仕事が必要な時には、故人もご遺族も含めて、必ず誰かが傷ついている。初めての現場を通して、私はそれを実感しました。この仕事が必要なくなる時を願いながら、この仕事が必要とされる限り誠実に向き合いたい。今、そう思いながら働いています。

初めての特殊清掃 -黒い泥の様なもの-

※写真の家は、記事の内容とは関係ありません。
※具体的な描写が含まれています。ご覧になる際はご注意ください。

こんにちは、遺品整理士の堀川です。今回の記事は、私が初めて行った特殊清掃のお話です。

初めての特殊清掃

 孤独死では、かなりの時間が経過してから遺体が見つかるケースが少なくありません。特に夏に亡くなった場合には、気温も湿度も高いため遺体は傷みやすく、手付かずの部屋は朽ちるように荒れ果てていきます。

 私が経験した初めての特殊清掃は、そんな夏の終わりのまだ残暑が厳しい日が続く中でした。先輩が見積もりに行った現場に同行することになったのですが、私であれば”耐えられるだろう”というのが選ばれた理由でした。

 何もかもが初めてのことで、使用する薬品のことなどを教えてもらいながら先輩と一緒に出発前の準備をおこなったのですが、これから行くのがどのような現場なのかは自分から詳しくは聞かなかった気がします。先輩も細かくは現場でやりながら教えるからという感じでしたので。ただ、出発前に聞いた先輩の言葉が印象的で今でも鮮明に覚えているのが、「すごいよ」という一言でした。


現場で感じた異様さ

 到着すると、まずは周囲の家へ挨拶に回ります。その後に実際の現場となるお宅に向かうわけですが、家の前に立った時、なぜか異様な雰囲気を感じました。特に臭いがあるわけでもないのに、どことなく他の家とは違う感じがしたのです。

 しかし先輩は、訝しむ私をあまり気にせずに玄関の前に促します。そして、手を合わせてから引き戸を開きました。すると、目に飛び込んできたのは”黒い泥のようなもの”が一面に広がった玄関ホールでした。その”黒い泥のようなもの”はカラカラに乾いており、床の上にはそれを避ける様にして足跡が無数についていました。

 外ではあまり感じなかった言いようのない臭いが若干ありましたが、我慢できないほどではありませんでした。中の状態を確認する為、白い防護服に身を包み、マスクを着けて長靴に履き替えてから再度手を合わせ、先輩の後を付いていくように奥に進みました。

 ”黒い泥”は玄関から廊下、奥の台所まで5メートルほど廊下いっぱいに広がった状態で続いており、奥の台所に近づくにつれて少なくなっていました。”黒い泥”とともに、点々とついた足跡も奥の部屋に吸い込まれるように続いています。廊下の壁の一部には黒ずんだシミのようなものがついていました。


蚊取り線香の力

 中の状態を確認した私たちは一度玄関先まで戻り、用意してきたタンパク分解スプレーとヘラ、キッチンペーパー、そして「火のついた蚊取り線香」をそれぞれ持って再び玄関ホールへ入りました。準備しながら、なぜ蚊取り線香なのかと疑問を覚えたのですが、答えはすぐにわかりました。

 ”黒い泥”にスプレーを吹きかけ暫く放置すると、鼻腔にこびりつくような耐え難い臭いが立ち込めます。それはとても強烈で何度も吐き気がこみ上げてくるほど。しかし蚊取り線香の煙があると、煙の臭いが強いせいか、その臭いを我慢できるのです。時間が経つと鼻がマヒしたかのような状態になって、それほど気にならなくなりました。

 しかし一時的なもので、しばらくすればすぐにあの臭いが鼻を突き刺します。その度に私は蚊取り線香の煙を吸い込んでいました。 もし他に人がいれば、何度も蚊取り線香の煙を浴びる私の行動はとても不思議に映ったでしょう。ですが、この煙がなければここに居続けることはとても困難だとその時の私は感じていました。蚊取り線香の果たす役割は非常に大きなものでした。


”黒い泥”の正体



 臭いをこらえながら手に持ったスプレーを吹きつけ続けると、固まっていた”黒い泥”が柔らかくなり、ヘラで削ぎ落せるようになります。黙々と作業を続けていきながら、私はこの”黒い泥”が何なのか、そればかり考えていました。

 いえ、実際には最初に見た時から頭では分かっていたのです。頭では分かっていたのに、実はそうではないんじゃないかと、認めたくなかっただけでした。単なる汚物やその他の汚れなのではないかと考えてしまうほどに、”それ”は人の体を構成していたものとは思えなかったのです。

 しかし作業を進めるにつれて、生々しく”それ”が人であった現実を突き付けられることになります。最初のきっかけは、「髪の毛」。”黒い泥”のいたるところに長い髪の毛が混じっていたのです。 もはや私はこの”黒い泥”がかつては人だった事実を認めざるを得ませんでした。 

”黒い泥”の下から見えてきたもの

 ヘラで削いだ”黒い泥”はキッチンペーパーに塗り付け、専用のバケツに張った黒いビニール袋の中に入れていきます。いっぱいになると袋の口を閉じ、臭いが漏れないようさらに上からビニールを被せて車の荷台に積み込みます。

 初めはかなり戸惑いながらの作業でしたが、時間が経てば少しは慣れてきます。ある程度作業の流れが分かったところで、二手に分かれることになりました。私が玄関から奥の台所へ向かって、先輩は逆に台所から玄関に向かって、それぞれ両端から作業を行うことにしたのです。

 それにより作業効率が少しアップしたことで、”黒い泥”が取り除かれる速度も上がりました。”黒い泥”を少しずつ少しずつ削いでいく度に明るい色をしたブナの床材が見えてきて、まるで絵のように黒から白へ変わっていく床が印象的でした。




初めての特殊清掃 ―白い石― に続く